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みんな結局のところ、ぜーんぶ自分で決めて生きているってコトだ

みなさんはどんなお正月を過ごしましたか?

「もうお正月休みなんてとっくに終わってるよ!」って方もいると思いますが、ボクはまだ富山の実家にいてずっとお正月な感じで過ごしてます。

去年の12月27日からずっとお休みで、仕事始めは1月12日なので、半月ほどずっとお休みという計算になります。

さて、こんなコトを話すと、時々「え?なにそれって自慢なの?」とか「みんな頑張って働いてるのにバカにしてんの?」とか言ってくる人がいます。

そして、ボクのこういう言動に何か反発的に思っちゃう人はきっと、無理して働いていたり、本当は休みたい気持ちの人が多いのかなーと思います。

だけど、ボクはただ普通にそれだけ休みを取るって「自分で決めて休んでいるだけ」だし、反応する人はその人で「自分で決めて働いている」だけの話です。

年越しそばを食べるかどうかは自分で決められる

この年末年始に年越しそばを食べた方ってきっと多いと思います。

でも逆に年越しそばを食べなかった方だって結構な数がいると思うんです。

で、食べた人は「食べたいから食べた」訳で、食べなかった人は「食べたくないから食べなかった」訳なんです。

だから、どっちかが正しいとか間違ってるっていう解釈がここに入るのはやっぱりおかしい訳です。

「え?年越しそば食べないって食べてるやつバカにしてんの?」とか「食べないって自慢してんの?」ってなるのは言語道断ですよねw

どのビールを選ぶか?だって自分で決めている

沢山のビールの種類がある中で、人は今日飲む一本を自分で選んでます。

好き嫌いとか高い安いとかいろんな違いはあると思うけど、自分の意思で決めているはずだし、飲むかどうか?も自分で決めています。

どの銘柄を飲むのが良いとか悪いとか、飲むことが悪いとか良いとか、そんなことはどうでもよくて、「飲みたいから飲む」「飲みたくないから飲まない」で良いですよね。

だから、どっちかが正しいとか間違ってるっていう解釈がここに入るのは全くおかしい訳です。

「え?ビール飲まないって飲んでるやつバカにしてんの?」とか「飲まないって自慢してんの?」ってなるのは意味不明でしょ?

大きいつづらを選ぶも小さいつづらを選ぶも自分で決めている

お正月に、小学校三年生になる甥っ子にお年玉をあげました。

その時に、大きい封筒と小さい封筒の2種類を用意して、それぞれ1万円と千円を入れて好きな方を選ばせてみたんです。

そして、選んだ方を甥っ子にお年玉としてプレゼントして、選ばなかった方は初詣で神社にお賽銭として「神社ミッション」をするというゲーム的なお年玉にしました。

甥っ子は無事1万円をゲットして千円を神社に入れたんですが「これでどっちを選ぶか?」というのさえも、甥っ子が自分の意思で決めて自分で選び行動した訳です。

どっちが良いとか悪いとかはなくて、自分で決めて自分で選ぶだけ。

そうすれば、それにちなんだ結果が自分の元にやってくるというシンプルなルールで、僕たちのすべての人の人生は出来ているんですよね。

ボクは毎日お仕事をするという働き方を選んでいないだけ

今年年越しそばを食べなかった人は間違いなく「他の何か」を食べたはずです。

ビールを飲まなかった人は間違いなく「他の何か」を飲んだはずです。

もしも一万円をゲットできなかったとしても、甥っ子は「千円」を手に入れたはずです。(もしくは駄々をこねて結局1万円をゲットしていたかもしれません笑)

なので、毎日働かないとう生き方を選んでいるボクは「その代わりにやるコトはバリバリやって働くという生き方」を手に入れてます。

この記事を読んでザワザワしたとしても、それは好きなビールの種類が違うのと同じぐらい、価値観や感覚が違うってだけです。

そして、どっちを選ぶかは自分が決ているんで、ボクは自分以外の誰かの生き方がどうであれ、それを応援できる人でありたいなーと思います。

さて、明後日からはお休みを返上して、バリバリ働くぞー(笑)

 

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